会社売却とバイアウトそして事業承継の物語

2020.06.13

会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 1話 ~会社売却契機、既存株主、誰に相談?~

会社売却ディール前夜

平井健治は2004年に28歳で起業して以降、様々な事業を社長として運営してきたこの話の主人公である。これまであまり会社売却について考えることはなしにここまできた。2007年よりまったく新しいFTアナライザー事業を開始、2008年の冬頃になると新商品の売れ行きも加速度的に上がっていった。平井は開発人員を強化したいと考え、VCに対して第三者割当増資を行うことで投資資金を獲得しようとした。

複数のVCとの交渉を経て、ホライズンキャピタル(以下、「ホライズン」という)というVCから2回に分けて1億円の資金を調達し資本金を1.1億円とした。2017年3月期にはようやく売上高が30億円程度まで増加したが、翌期以降は市場ニーズの低迷によりあまり新商品売上が成長しない見通しとなった。FT社の事業モデルは、いわゆるストック型のビジネスモデルであることから、ある程度安定的な営業利益やEBITDAを確保することができたが、平井としては今後どうするべきかを悩むことが多くなった。

このような状況からこの物語はスタートする。FT社では投資家向けに毎月報告会を開催していた。2018年1月にも平素どおり前年12月分の報告会を終えたが、この報告会があった翌日、株主のVC、ホライズン代表取締役の渋谷が突然再度のアポイントメントを申し込んできた。スケジュール調整の結果、2月26日に面談日が決まった。

:ストック型のビジネスモデルとは、フロー型のビジネスモデルの対義語。ここでは、何らかの経営管指標が積み上がることで段階的に売上が形成され、その分、急激な売上減少リスクが低いビジネスモデルを意味しています。CFの安定性が高く企業価値を比較的高く評価してもらいやすいビジネスモデルといえます。

突然舞い込んだM&A買収打診 ~2018年2月26日~

面談日が決定してから、平井自身はもしかしたらホライズンの持株売却の話ではないかと感じていた。なぜなら、ホライズンのファンドが2020年6月頃に満期を迎えるからだ。VCは持分比率が低く単独では売却しにくい場合が多いため、保有株をスムーズに売却するために一定の場合にオーナー経営者に対して同時売却を迫ることがある。これにより過半数を取得できる会社売却案件として有力な買収者候補を見つけやすくなるからだ。

2月26日午前10時、約束どおり渋谷が来社した。平井の挨拶からミーティングが始まった。ひと通りの世間話を終えたところで、本題に入るために渋谷が口を開いた。

渋谷 「平井さん、急なミーティング依頼で申し訳ない。単刀直入に申し上げますけれど、私の知人の会社が御社を買収したいようなのです。と同時に、弊社もファンド持分を売却しなければいけない時期にあるという事情もあり、もしかしたらいい話になるのではないかと考えていて、それについてお話ししたく時間をいただきました」

平井が一瞬怪訝な顔をしたので、渋谷は説明を続けた。

渋谷 「実は M&A したいといっているのは株式会社ブルーです。ご存知ですよね?」

株式会社ブルーといえば、特殊な広告ビジネスで数年前に上場し、FT社と若干競合するところもある現在急成長中の会社だ。社長の岡野は業界では有名だ。渋谷は、ブルーの情報をまとめた概要書を平井の前に差し出しながら説明を続けた。

渋谷 「急なお話ですが、弊社も投資事業組合の満期が2020年6月に到来するので、そろそろ売却準備をしたいという事情もあります。我々も色々と考えたうえで、この話をお持ちしているのですが、平井さんは今後この会社をどうしたいと思っていますか?もちろん、まだ事業承継という年齢ではないことは理解しています。唐突な質問で答えにくいとは思いますが……」

平井としては、このまま上場できるのであればしたい気持ちが強かったが、その一方で市場ニーズの変化等もあって、今後上場しても成長を継続する姿を描き切れ得るかについて少し懸念を抱いていた。また、平井は従来から様々な事業を手掛けてきたことから、現在の事業に対する面白味が減ってきたとも感じていた。さらに、昨今の社会保障費の増大化等のニュースをみるたびに、医療分野や未病対策といった領域に対する興味が非常に強くなっていた。平井は自分の気持ちを丁寧に説明した。すると渋谷がこう切り出した。

渋谷 「平井さんは、このFT社を売却して得た資金で医療ビジネスを始める気はありませんか? たとえば、平井さんの持分と弊社持分で議決権の3分の2を超える株式を譲渡し、平井さんに一部の株を残す。そして買い手主導でFT社の企業価値詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第四部2-1参照)を上げていって、適切なタイミングで平井さんの残りの株式をより高い株価で買い手に買い取ってもらう。こうすれば、いますぐにでも一定の資金量を元に医療ビジネスをスタートでき、さらにFT社が買い手とのシナジーで成長すれば追加的な対価も得られる可能性もあると思うんです。これはあくまでもジャストアイデアなんですけどね。買い手が平井さんが経営陣として残ることを強く希望する場合には実現できませんけどね」

平井にとってFT社は10年以上も経営してきた大事な会社である。当然、渋谷が買収者を紹介したいと言った瞬間は「失礼だな」と感じたが、先に記したような平井自身の考えもあることから、今後のことを真剣に考えるよい機会だと思うようにした。

平井 「渋谷さんのおっしゃることはわかりました。少し考えてみてもいいですか。即答できる内容でもないですからね。ただ、従業員が十分に納得するような形でないと何事も進めたくはないですね」

渋谷 「もちろんです。いますぐにという話ではありません。弊社の株式は近い将来どこかに譲渡しなければなりませんが、平井さんの方で強い事業承継ニーズがあるというわけでないことは理解しているので、会社の売却がそもそも平井さんにとってメリットがあるかないかという点をよく考えていただきたいと思っています。また、従業員さんをしっかりケアできないと買い手さんも困ってしまうので、そのあたりは十分にサポートします」

平井の検討後、3月15日に再度会うことを決めて、この日の面談は終了した。

面談終了後、平井は社内で上がってきた予算表のExcel等を眺めながら、来期、再来期にどのくらいの売上、営業利益が達成できるのか。現状の事業をどのように展開していけば急成長が望めるのかといったことを考えた。しかし、平井の考えは堂々めぐりするだけだった。そこで、平井が尊敬する先輩経営者である三村に相談しようと考え、電話でアポイントメントを設定した。三村は平井のメンター的な存在だ。彼は人材紹介事業で大成功し、いまでは時価総額が1,000億円を超える上場会社のオーナーで名誉会長職についている。

(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)

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