会社売却とバイアウトそして事業承継の物語

2020.06.13

会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 15話 ~スケジュール~

打診先の検討 ~2018年5月2日~①

各種資料の準備に目処がついたということで、5月2日に再度本プロジェクトのメンバーが全員集まって会議を開くことになった。FT社平井の他、白鳥CFO、佐藤COO、BA社の樫村、川村、会計士の江村の6名である。会議の目的は以下のとおりだった。

1.今後のスケジュールの共有
2.打診用ノンネーム資料であるティザー・メモランダムの確認
3.NDA後に開示すべき資料の確認
4.買収者候補の選定

樫村はA3の紙面を2枚、川村に配らせた。「スケジュール表」(こちらが実物だ。

樫村 「さて、この表には、過去の進捗も含めて、以前行った我々BA社と平井さんとのキックオフミーティングからクロージングまでのスケジュールと今後の予定を記載しています。今後変わる可能性はありますが、極力これに合わせて進行させたいと思いますので、本日の会議はこのスケジュールを軸に進めたいと思います。まず一番左の列の番号でいう16番をご覧ください。この『スケジュール共有等にかかるミーティング』というのが本日の面談を意味します。よって、15番まではすでに完了したまたは作業をすでに開始しているタスクだとお考えください。14番に記載している『買収者候補企業リスト』は弊社でドラフティングしてきましたので、あとでご説明します。さて、打診先が決まっているとすれば、今後必要な資料は、NDA前の初期打診段階で必要なティザー・メモランダムと、NDA後に開示していくIM等の各種詳細資料ということになります」

樫村はこう言いながら、数ページの紙面を川村に配らせた。紙面には「ティザー・メモランダム(詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第五部 1-6および付録ファイル「Teaser_PJ_FT.pdf」参照)と記載されている。

樫村 「こちらが、以前のお打ち合わせで説明したノンネームシート、いわゆるティザーです。こちらを用いて我々BA社は複数の潜在的買い手へ打診します。これにより平井社長は社名を伏せて一定数の買い手候補へ初期的関心を確認可能です。こちらはドラフトですので、これをベースに貴社で修正や加筆すべき点があるかこの場で議論しましょう。まず、ティザー作成の際に重要な点は、①FT社の社名が特定されないように意識しつつ、可能な限り対象会社の魅力を伝えるということ、②交渉上問題ない範囲で「悪い情報」も積極的に記載することの2点です。特に②は重要です。例外もありますが、基本的には悪い情報は先んじて開示することで、売り手、買い手候補双方に余計なコストがかからなくなります。それでは1ページずつ説明していきます……」

FAによっては、「不利な情報」を開示しない方針をとるケースもあるが、樫村としては原則として、あとで判明するだろう不利な情報は積極的に事前に開示していくスタイルをとっている(もちろん戦略的にディールの後半まで開示を控えるケースもある)。すでにほぼ完成している状態であったことから、モニター画面にティザー・メモランダムを投影しつつ、この場で皆の意見を集約し、加筆・修正等が施され最終版が完成した。

樫村 「さて、ティザーが完成しましたので、打診をしようと思えばもう実施可能ということになります。よって、可能な限り早い段階でNDA締結後に開示する資料を完成させる必要があります。開示資料として最も重要になるのがIM(詳細は『会社売却とバイアウト実務のすべて』第五部 2-6参照)ですが、これはすでに取り掛かり始めていましたね。現段階では白鳥CFO、佐藤COOにも本件を共有して進めていますので急ピッチで完成までもっていくことが可能かと思います。プロジェクションはすでにほぼ策定が終了しておりますので、平井さんはじめ皆さまの確認後、IMと同時に買い手候補に提示できるようにしておけばよいと思います。入札方式では、すべての買い手候補と面談を設営せずIMだけで初期的な評価をしてもらうというケースも多いので、魅力をしっかり訴求し、買い手がIMだけで一定の価値評価ができるレベルまで作りこむことが重要です。とはいえ、今回は広範に打診する入札とは異なり、個別ミーティングやQAでフォローをするという方法をとりたいと思います。また、IMやプロジェクション以外にも、スケジュール表に記載した17番の『プロセスレターの作成』、18番の『想定問答集の作成』、20番に関連した機密保持契約書(CA)の雛形の作成等、並行してやるべき作業がいくつもありますので同時に進めていきましょう。特に『想定問答集』の作成は重要です。想定される買い手からの質問をリスト化し、それに対する回答を用意しておくのです。これはFT社をよくみせるための回答案を作成することが目的ではなく、平井社長や経営陣の貴社に対する正しい理解を浮き上がらせ共通化させることが重要な目的です。想定問答集の作成は自社への理解をより深める良い機会となりますし、経営陣のみなさんが別々に質問されても事実誤認に伴う矛盾した回答をしてしまうリスクを防ぐことが可能となります。買い手としては経営陣に発言の矛盾があるととても不安になります。何が事実として正しいのかわからなくなるからです。また、想定問答集を作成していく中で交渉の戦略がみえてくるという効果もありますので一緒に作成していきましょう」

樫村はあらかじめ作成しておいた買収者候補企業リストをみんなに示しつつ話を続けた。買収者候補企業リストとは、買収者候補の社名や接触ルート、保有現預金などをリスト化したものだ。

樫村 「ここに私が作成した買収者候補企業リストがあります。この話はあとでまた詳しくしますが、今後ティザー・メモランダムを用いてこういった買い手候補に打診をし、興味を示してくれた企業が現れた場合はNDAを締結し、前述の詳細情報を開示します。この過程の中では、平井社長によるプレゼンテーションや会社紹介の場を設けていきたいと思います。これらの作業を行いながら、目指す中間ゴールはスケジュール表の22番にある『入札』です。ここでは買い手候補より『意向表明書』という書面を提示していただくことで条件提示をしていただきます。この書面には、買い手候補が考える提示額や付帯条件が記載されますが、通常は法的拘束力がない形で提示されるものです。なお、本案件について私の現時点での感覚をいえば、50社ティザーレベルで打診をしてNDAを締結してくれるのが10社程度、そこから意向表明の提示をしていただけるのが3社程度になるかなぁといったイメージを持っています」

平井がうなずいたようだったので、樫村はさらに続けた。

樫村 「買い手候補から『入札』がなされたら、今度は我々売り手側が検討する番です。提示条件でよいか、今後どう進めていくべきかを議論します。通常、取引の初回で提示する意向表明書はノンバインディング、つまり、法的拘束力がありません。したがって、意向表明書に金額が記載されていても買い手候補がDDをしたあとに減額交渉をかけてくる場合があります。これも買い手側の特性によりけりで、曖昧な理由で減額交渉をよくかけてくる会社もあれば、あらかじめしっかり情報開示をしておけばそのような交渉をしてこない傾向が強い会社もあります。弊社はIT業界であれば個別企業の特性を理解しているのでこの辺りも含めて打診先のアドバイスを行います。意向表明書に記載されている金額およびその他条件に不満がなければ、さらに情報を開示しますが、ここで初めて会社の帳簿や取引先との契約書等の機密レベルのより高い情報を開示していきます。それらを確認した後、最終的な合意に進みます。何となく M&A の進め方のイメージはご理解いただけましたか?」

ここで平井が口を開いた。

平井 「色々とありがとうございます。はい。お陰様でイメージがわきました。ただ、色々とやることが多くて大変そうですね。細かい点でも色々と重要なポイントがありそうなので、これからもご指導いただきつつ進めたいと思います。あとはどこに打診していくのかという点が気になっている点です。私としてはいくつか関心をもっていただけるような買い手候補は思いつくのですが、打診先を考えるにあたってはどういった点に気を付ければよいのでしょうか?」

(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)

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