会社売却とバイアウトそして事業承継の物語

2020.06.13

会社売却とバイアウトそして事業承継の物語 17話 ~M&A進行と情報共有~

打診開始 ~2018年5月10日~

樫村は、すでにコンタクトがある買収者候補へ初期的内容の打診を行うため、各候補者へメールを送信した。また、必要に応じて電話をかけた。S社とT社はともに樫村にもネットワークがあったことから、これらもまとめて樫村から打診をした。樫村はIT関連業界についてはプロフェッショナルであることから、買収者候補の多くの企業の経営層へ直接的なアクセスが可能であった。樫村もFT社もルートがなかったD社、E社、F社、H社についても、樫村はほどなくアプローチルートを見つけ、打診を行った。しかし、以下のような内容の返信が大半だ。

「樫村さん、お世話になります。情報ありがとうございます。しかしながら、ちょっとこの分野は手を出しづらいですね。申し訳ないです。また、よい案件がありましたら共有、よろしくお願いいたします」

結局、「お会いして話をしてみたい」という企業はC社、E社、F社、K社、N社、P社、S社となり、それら候補には直接訪問することとなった。平井社長に対して冗談半分で M&A したいと言っていたS社は、まだFT社という社名は伝達していない段階ではあったが、やはりFT社のような企業への買収意欲はあるようだ。一方で、T社は明確な理由がなく断られた。こちらは純粋に事業提携が目的で平井にアプローチしていただけだったのだろう。

なお、このFT社のように、数十億円前半くらいまでの案件の場合、ある程度多数の買収者候補に打診していったほうが最終的に売却者側に有利な結果となる場合が多い。しかし、あまりに広く打診するというのも情報リスクを考えると考えものだ。また、「売り歩く」ようなことはしたくないという平井の意向もあり、この程度の打診社数にとどめた。樫村は単身でティザーを持参のうえ、上記7社を回り、NDAの締結前に開示できる情報を伝達した。

樫村が訪問した7社のうち、結局、機密保持契約を締結して検討を本格的に開始することになったのは、F社、N社、S社の3社となった。

なお、樫村が買収者候補へ打診を続けるなか、部下の川村はIMの改良とプロジェクションの改良・更新に追われていた。FT社の会議室には平井と佐藤COO、白鳥CFO、川村の4名がIMの完成に向けて議論を交わしていた。川村が主導権を握って話を進めた。

川村 「現在は樫村中心に初期的な打診をしているところではありますが、NDAが締結できたらすぐに資料開示・面談を設営することを考えています。本日は、資料の中でも特に重要となるIMの内容に関して議論したいと思います」

そう言い終わると、川村は製作途中のIMをみんなに配った。

川村 「IMは、対象会社の基本情報に加えて、対象会社の性質や状況、取引の種類等に鑑みて個別にコンテンツを作成する必要があります。本案件では弊社の樫村はIM作成に負荷をかけるより、興味をもっていただいた買い手候補との面談を重視すべきと考えていますが、最低限の情報はIMに掲載したほうがいいと判断しました。そこで、今までに作成したページの他にどのようなコンテンツを追加していったらよいかという点を本日の議論の主要トピックにしたいと考えています。これは言い換えると投資家が質問したいであろう事項の先読みです。一定の分析を施して情報を整理し開示することで、買い手側の検討もスムーズになりますし、安心感を与えることもできます」

このような議論を経て、IMの見出しが追加されていき、実際にコンテンツの改良が進んでいった。作成にあたっては、FT社では平井と佐藤COO、BA社では川村が中心となり、徹夜を繰り返した結果、ようやくIMが完成した。これに加えて、前述のプロセスレター等をひとつの電子フォルダにまとめ、NDA締結後の買収者候補へ送付する準備をした。資料はパスワードをかけてBA社サーバーへ保存、樫村のほうで打診し、関心を示してくれたF社、N社、S社へ送付する準備が完了した。

買い手候補者はなかなか現れない ~2018年5月13日~①

結局、20社にティザーベースで打診を行い、NDAを締結したうえで資料開示をすることとなったのは3社となった。先のF社、N社、S社である。ここで、樫村は5月13日、もう一度FT社側を含めたミーティングの席を設けた。実際の資料の開示方法、初回面談への準備や注意点を伝えるためだ。会議の冒頭、樫村は買収者候補企業のリスト(前記事参照)をみながら口火を切った。

樫村 「結局、F社、N社、S社の3社が詳細な検討に入ってくれることになりました。彼らからの意向表明書の取得、つまり条件提示をもらうプロセスが次の目標となります。ここからは、会社名や詳細情報を開示するため、より慎重に進めていく必要があります。簡単なアジェンダを作ってきましたので、こちらをご覧ください」

樫村はこう言って「本日のアジェンダ」と題された紙面を差し出した。その中には「今後のプロセス」、「進め方のポイント」という中見出しとともに、見出しごとに内容が記載されていた。

樫村 「まず今後のプロセスです。アジェンダにも記載していますとおり、弊社が本日の面談終了後すぐに買い手候補とのアポイントメントを取得していきます。ここでは可能な限り平井社長、白鳥CFO、佐藤COOにも同席していただきたいと思います。社名を開示して、資料を送付したら、次の大きなステップは買い手候補からの条件提示(いわゆる『入札』)です。この条件提示は、典型的には LOI と呼ばれる書面により行われます。LOI とはLetter of Intent の略で、日本語では『意向表明書』と訳されるもので、買い手側が買収条件を提示する際に希望する買収条件を記載して提出する書面です。詳細DDの前に提出されるLOIは通常、法的拘束力をもたない形式となります。このため、あとになって価格を下げられてしまう可能性を極力低減するため、初回の条件提示の前の段階で可能な限り多くの情報を買い手に伝達するという考え方で進めていきたいと思っています。なお、LOIについては、少なくとも3社全社から受領できるように頑張ってみます。

 続いて、今後の進め方のポイントについてご説明します。まず、想定問答集をもう一度確認してください。もちろん、準備した内容以外も聞かれると思いますが、その際は自然にお答えいただいて結構です」

ここで川村が事前に協議のうえ更新しておいた想定問答集を配り、みんなで1つひとつ確認しあった。そして、樫村が続ける。

樫村 「次に、先ほども申し上げましたとおり、NDAを締結したあとの資料開示および会社の説明では平井社長が中心となり、白鳥CFO、佐藤COOが財務面・事業面についてフォローする形で進めてください。事業をより近くでみている佐藤COO、管理をより近くでみている白鳥CFOに細かい質問をしてみたいと思う買い手は多いものです。社長が知らない細かい重要な情報を現場担当役員が知っているというのはよくあることなので、買い手側も現場担当役員への質問は重視します。

 資料を開示した後は様々な質問がリスト化されて送られてくるはずですから、2日以内ぐらいを目処に回答できる体制を整えてください。回答が早い会社は信頼されるものです。買い手候補の役員会や投資会議などでも、『FT社は反応が早いし、回答内容も的確だから開示情報も信用できそうだよね』というような論調になることもあれば、その逆のケースもまたあります。このあたりの作業分担としては、うちは川村を作業に充てますので、御社は平井社長メインでご担当ください。」

(執筆及び監修:株式会社ブルームキャピタル 代表取締役 宮崎 淳平)

タグ一覧
#会社売却物語

動画で学ぶ
会社売却

週間
宮崎レポート

M&A用語
データベース

『会社売却とバイアウト実務のすべて』書籍サポート

会社売却道場
トップに戻る